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2011年5月

2011年5月20日 (金)

『神創造記ヨクト1(ワン)』

 「えー。ここで彼は言いました。『きみは何者だい? 人に追われているなんてただ事じゃないだろう』と……」

 授業中、教師が教科書を読みあげている。

(ブルッブル、ブルルル)

 国語の授業中、少年の携帯に着信があり学生ズボンから取り出した。

 少年は携帯を確認すると、手を挙げて前に立つ教師に向かい声をあげる。

「先生!」

「ん? 大峰くんどうしたんだい?」

 教師が少年に向かい振り返ると、教室にいた生徒たちも一斉に彼のほうを向いた。

「し、召集がかかったので早退します!」

 少年は少し緊張したように若干顔を赤くしながら立ち上がり答える。

「おお、そうか、頑張ってな」

 教師は取り立てて珍しくもないようなそぶりで、彼に言葉をかけた。

「大峰、頑張ってこいよ! ヒロトくん頑張ってね」

 クラスの生徒たちも気軽に声をかける。

「で、では。い、行ってきます」

 ヒロトと呼ばれた少年は教室を出て学校の門へと急ぐ。

(なにも授業中に呼ばなくたっていいのに)

 まだ顔を赤らめながら階段を下ると、学校の門に乗りつけられていた黒塗りの高級車に乗り込んだ。シートに座るや否や女性の声が聞こえた。

「転送します」

 その声とともに少年はコクピットに制服のまま転送された。

「ヒロト遅いよ! もう、敵は近くにいるのにー」

 コクピットの上の方から男の子の声がする。

 その声はまだ幼い子供のように甲高い。

「仕方ないだろ! 授業中だったんだから……」

 少年は口をとがらせながら声に向かい反論した。

「そうよ。遅いわよ! 召集がかかったらさっさと来なさい」

 少年の顔の前に小さな小窓のように映像が映し出され、女の人が怒っている。

 ブロンドのショートヘアーにやや釣り目がかった目をした、その女性はまくしたてた。

「ヨクト1。領域内ギリギリの中継センターに転送! カタパルトから射出するからね。十秒間の実弾射撃で援護はするから、あとは、よ、ろ、し、く!」

 笑顔でウインクの後、画面は消えた。

「よろしくって! 敵の数も正体も分からないんじゃどうしたらいいんだよ!」

 少年は自分の胸元のパネルに向かって両拳を打ちおろす。

「そんなに怒らないでよ。妨害がひどくて分からなかったんだってさー」

 子どものような声は、少年をなだめるようにコクピットに響く。

 少年に話しかけた女性は、ふっとため息をつくと両腕を前に組んだまま席に腰かけると右隣にいる女に向かい言った。

「エリカ。敵の情報はまだつかめないの?」

 声が苛立っている。

「リサ、そんなに怒ってても仕方ないでしょう。敵は一体ね。まだ超望遠での映像しかつかめてないけど、特に装備らしきものは見受けられないわ。あと、天気は良好。ヨクト1には好条件ね」

 エリカと呼ばれた長髪メガネの女性は、最初は冷静な声で、そして、最期はうれしそうにも思える声で耳元の黒髪をかきあげながら答えた。

「天気良好ね……」

 少年に命令した女性は部屋の前面のモニターをにらむ。

 女性のいる部屋には十数名の男女が作業にあたっており、前面と左右そして部屋の天井がそのままモニターになっていて、エリカと呼ばれた女は隣に立ってPC画面を眺めていた。

「ヨクト1転送完了! カタパルトにセットしています」

 部屋の中で自分の画面に向かい作業している女性オペレーターからの報告が入る。

「準備完了後ただちに射出!」

 リサはエリカ以下全員に聞こえるよう大きな声で言った。

 前面のモニターは中継センターの物と切り替えられ敵を正面でとらえる。

 

 コクピットのヒロトはオペレーターの声を聞きながら唇を噛んでいた。

 心臓の動悸は激しく、それを抑えようと口を大きく開き深呼吸しようとするが、息遣いは早いままだった。

「ヨクト1射出します。糸電話はなるべく切らないよぉに!」

 ヨクト1と呼ばれた巨大な人型兵器には背中にいくつもの種類の砲身と「糸電話」と呼ばれたワイヤーをつけている。

 妨害電波のため直接的につながっていないと会話ができないため、糸電話と呼ばれている。

 一端敵のいる場所に到達すると、リサたちのいる指令室との会話は容易ではない。

「いつもいつも無理ばっかりっ!」

 ヒロト自身は争いは嫌いだったが、彼がヨクト1には一番相性が良いという理由で戦わされている。

「射出!」

 声が聞こえると、強烈な加速度から来る重圧が彼を襲う。

 必死に目を開き前を見た。

 敵がどんどん大きくなり近付いているのが分かる。

 相手に味方からの援護射撃があたっているのだが、表面に火花が散る程度で、被害を受けている気配はない。

「敵、損傷なし!」

 オペレーターからの声が耳に響く。

「やっぱりダメかぁー」

 ヨクト1が緊迫した雰囲気を感じていないように残念そうに言う。

「ちっくしょう! ヨクト1近すぎるよ」

 ヒロトは天井に視線をやり彼を包んでいる機械に向かい叫んだ。

「そんなこと言っても、ムリー。放物線状に跳んでいくだけー」

 緊張感のない声がする。

 全長三十メートルの巨人は空を切る。

 その姿はゴツゴツとした塊のような黒い皮膚で覆われており、額はくちばしのように突き出している。

 ヨクト1は肩で相手にぶち当たる。

「痛いよう。すぐに帰ろうよー」

 ヨクト1が体当たりした瞬間からヒロトの左肩にも鋭い痛みが走る。

「300ミリ、いや、150ミリ弾発射!」

 ヒロトが口にするとヨクト1の背中にある大口径の二つの砲身が揺れ、小さいほうの砲身が右肩から顔を出した。

 砲身から連発して弾丸が発射され薬きょうが飛んでいく。

「敵、損傷軽微です!」

 オペレーターからの報告が入る。

「ヒロト、ダメみたいー。痛いよー」

 ヨクト1は左肩を押さえながら言った。

「一時離脱! 体制立て直して!」

 リサからの声がする。

 右足で蹴って後ろに下がろうとするとが、敵の両手が浮いていた左足首をつかんで離さない。

 ヒロトの目の前に影が走った。

 敵の装備していた砲身が振り下ろされ、ヨクト1の胸を狙おうとしている。

「エリカ! 話が違うじゃない」

「背中に隠れてて見えなかったのよ……」

 ヨクト1は必至で顔の前に下ろされそうとするのをこらえる体制をとっている。

「こんなの当たったら死んじゃうよー」

 砲身が下りてくる力が強く、ヨクト1の両腕がブルブルと震えている。

「オートゲイン解除! ヨクト1押し返せ!」

 ヒロトが叫ぶとヨクト1の目が光り、砲身を捻じ曲げるように押し返していく。

「火器回して! お前は足で距離を取って!」

 左足首を持たれたまま右足を突っ張り、ヨクト1は宙づりのような体制になった。

 組体操の「トンボ」に近い。

 ヒロトはその間も画面に映し出された敵のどこを打てばよいか探している。

 目は上下左右に激しく動き、その視線にあるモニターの十字に赤く光るマーカも、画面のあちらこちらとそれに連動した。

「ヒロトはやくしてー」

「うるさい。まずここっ!」

 比較的細みの砲がセレクトされヨクト1の右肩から顔を出し連射する。

「敵、眼球と思われる個所破損! 光が消えました」

 オペレーターの少し喜んだような声がした。

「まだ動くわよ!」

 モニターをにらんでいたリサが、立ち上がりながら誰あてにでもない声を発した。

「ヨクト1。離れてっ」

 ヒロトも必死で声をあげていた。

「力がもう入らないよぅー」

 ヨクト1の声が小さくなっていく。

「長時間力を出しすぎました! パワー、レベル15から6へ低下、まだ下がり続けます」

 オペレーターからの声が悲鳴のようにヒロトには感じた。

「敵の胸が開くわよっ」

 エリカが通信用のマイクを持って叫んだ。

 敵の胸から光が漏れていく。

 閃光が走っり画面全体を光が包む。

「ヒロト!」

 リサの声が部屋中に響く。

 指令室のモニターは、光のためにカメラの映像が飛んでしまい、真黒になっていた。

「サブカメラ起動。画面回復します」

 指令室のモニターには、足首をつかまれながら、だらりと地面に倒れたヨクト1の姿があった。

「ヒロト……」

 リサの声は震え呟くようだった。

「いっけえぇ!」

 ヒロトの声とともに、ヨクト1は起き上がり、その間に最大口径の砲身が左肩にセットされた。

「これで……」

「終わりだー(しんじゃえー)」

 ヒロトとヨクト1同時に声があがると、砲弾が発射され敵の胸板を貫き地面から爆風が噴き上がる。

「ヒロト、やったねー」

 ヨクト1は飛び跳ねるような歓喜の声をあげた。

「でももう、動けないー」

「ちょっと、ヨクト1! しっかりして」

 ヒロトの声も虚しくその前面のモニターは消え、胸元のパネルだけが光っている。

「リサさん。回収お願いします。太陽光からのエネルギー変換追いつきません」

 ヒロトはがっくりと首を垂らしながら、すまなそうに頼んだ。

「心配させやがって! 帰ったらお仕置きよ。だいたい力の使い方が下手くそだから、そういうことになるのよっ!」

 パネル越しに怒鳴りつけるリサの顔は喜んでいた。

 

「ヒデルー!」

 幼いヒロトはまだ二十代くらいの男性を呼びながら、うれしそうに抱きついた。

「ヒロト、幼稚園は面白かったかい?」

「うん! みんなでお遊戯したり。楽しいよー!」

 ヒデルの問いかけにヒロトは大きくうなずいて答える。

「そうか、良かったな。今日はこのまま研究所に行くからな」

 ヒロトを抱いて車の助手席に乗せると、ヒデルは車に乗り込み走り出した。

 ツードア・クーペのスポーツカーは高音をあげている。

 ヒロトはうれしそうに、すぐにラジオをつける。

 それを横目でチラッと眺めてヒデルは正面を向きなおした。

「はい。『りょうこのスリットスカート』、今日も始まりました。みなさん、お元気でしたか?」

「元気だよー」

 ラジオの声に無邪気に答える。

「この頃は世間も物騒になってきました。新政府に対してのテロが多発しています。テロやデモ活動に関する情報は、情報センターからこのあとお伝えします」

「新政府か。あちらさんも今頃忙しいんだろうな……」

 ヒデルは何かを思い出しているかのように呟いた。

「ボクたちはしんせいふってのとたたかってるんだよねー?」

 ヒロトはヒデルを見上げながら元気に言った。

「ああ、そうだ。悪い奴らだから懲らしめないとな。そのためにもヒロトはもっと勉強するんだぞ」

「うんっ!」

 車はあまり飾り気のないコンクリート壁むき出しの建物に着いた。

 急ごしらえなのか、壁の色がまちまちで補修した跡も目立つ。

「さあ、着いたぞ」

「今日は寄り道せずに来たようね」

 白衣を着た若い女性が声をかける。

「遅れてくるのはたまにだろ、エリカ先生」

「予定通りに行動してもらわないと困るのよ。今は大事な時期なんですからね」

「はいはい。分かりましたよ。ヒロト先に入ってなさい」

「はーい」

 返事をすると、走って建物に消えていくヒロトを見ながら、ヒデルはエリカに顔を向けた。

「あと、どれくらいで対新政府の兵器は完成するんだい?」

 エリカの頬に手のひらを当て親指で唇をなぞりながら問いかけた。

「まだまだ先。十年近くかかるかもね、ヒロトも含め成長しないと。そうしたらこんな建物じゃなく、もっと大きなものを作ってもらわないと」

「そんなにあの子をだまし続けるのか? 成長してくれば世の中ってものが見えるようになって来る。自分で考えるようになる。こっちに銃を向けるかも知れないんじゃないか?」

「それをさせないために、あなたが育てながら教育してるんでしょう? ヒデル博士」

 そう言うと、唇を触っていた親指を噛んだ。

「ああ、そうでしたね。何て言ったって、あの子とヨクト1は『奇跡』ってコードネームで呼ばれているんだから」

 噛まれた指を振りながらヒデルは答えた。

「今のコードネームは『神』よ。あの子とヨクト1に頼らないと生きていけない日がやってくるから。ヒデルさんもしっかりしてよね、実質的な独立都市の軍司令官なんですから」

「俺はそんな器じゃないよ」

「あちらはコンピュータ、こっちは人間で対処するしかないのよ。そもそもヨクト計画の前進になった研究にはあなたも大きくかかわっているんですから」

 エリカは前髪をかき上げながら、話を打ち切りたそうに振り返ると、ヒロトの消えた建物に入っていく。

「『奇跡』や『神』。そんなものを造りたかったのかい? あなたは……」

 空を見上げ呟くと、ヒデルは別の建物に入って行った。

「さあ、手を挙げて! そう、グー、パー、グー、パーさせて!」

 ヒロトは大きな水槽のような物の前で、自分も同じように手を挙げながら喋りかけている。

 頭に配線のつながれたヘルメットのような物を被り、それは水槽の中の赤ん坊につながっていた。

「ヒロト、ヨクト1は元気そう?」

 エリカは前かがみになり、目の高さをヒロトに近づけながら訊いた。

「うん、元気だよー。でも、幼稚園のことをおしゃべりしてたら、うらやましいって。ヨクト1も幼稚園にいけるー?」

「そうねぇ。それはちょっと無理だけど、ヒロトが代りにいろんなことを教えてあげてね」

「そうかぁ。いけないのか……。その分ボクがいろんな勉強しなくちゃねー!」

 無邪気に答えるヒロトに、少し悲しそうな笑顔を向けるエリカだった。

 それから日が流れ、ヒロトとヨクト1と呼ばれる赤ん坊は成長していった。

 ヒロトは人間として、ヨクト1は人の形をしたエイリアンのような姿となって。

 ヨクト1を入れた水槽も建物も大きくなり、やがて大きなビル群が建設された。

 大きなプールの中に全長二十メートルのヨクト1が浮かび、その肩にはヒロトが立っていた。

「ヨクト1、そう!50ミリ機関銃をだして!」

「こうかなー?」

 ヒロトが笑顔で指示を出すとヨクト1は答える。

 背中にぶら下がっている砲身のうち一つが右肩に固定された。

「そう、あの的を一緒にねらうんだよ」

「いくぞ。せーのっ!」

 水中で的めがけて照準を合わせ発射する。

 赤い光が発射され的に点をつけた。

 まだ、八歳の頃のヒロトがいた。

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